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2016年7月31日 (日)

わかり易さどこまで進んだか?

轍鮒之急(てっぷのきゅう)

http://chikyuza.net/archives/65074

ここにある二項対立は、(時間を隔てる事)の意味であり、

飢餓(胃袋)と理念としての対立

生活と学問・歴史への拘りの対立であろうか。

《都民の必要・止むに已まれぬ願い・要求を実現することを政策に打ちたてず、憲法改悪阻止、極右政治家の都知事阻止、原発反対、等々を掲げても、一般都民の生活感から見れば、余りに日常から隔たりのあるスローガンであることでしょう。》

しかし、都民の貧窮とは何であるのか?

再び、プルードン『貧困の哲学』かマルクス『哲学の貧困』かの逆戻り二項対立が現れてくるのだ。

借金苦にあるものが無心に来るが、その債務がギャンブルによるものや放漫経営、オリンピック事業の様な構造を持っていたらどうであろうか?

具体的に、「哲学の貧困」事件が再び起こっているのである。

「美しい日本」と相模原の反人間的テロ行為

http://chikyuza.net/archives/65036

更に、再び以下を考えるなら。

聞く相手のことを考える

http://chikyuza.net/archives/64999

講演の内容は「日本国憲法9条」について。

「ましてや中国には解放軍という「人民の誇るべき軍隊」(今では腐敗が浸み込んでいますが)があるのです。そんな国に対し「日本のように軍備を廃止しろ」と勧めるつもりなのでしょうか。それは確かに筋が通っていますが、まあまともに相手にされないでしょう。それとも、「日本は平和を愛する特別な国だ」と主張したいのでしょうか。まったくその意図がつかめませんでした。どちらにせよ、この先生のお話には「誰に向かって何のために語りかけるのか」ということがまったく欠落していたわけです。」

9条の文化遺産性、そして、アベ政治改憲勢力によって歪められんとしている時に、日本国内においてどの様に、論を仕上げ、そして、

「共産主義的平和の理想と一致させていくのか」

その問いが、中国的にどの様に響くかの問いであるのだろうけれども、どの様に着地点を見いだせているのだろうか?

戦争の原因とは歴史的に何であったのか?資本主義と植民地主義の本質とは何か?

実は、日本人自身、この9条は、柄谷行人の言うように、無意識として定着している事にも起因していると言うのを問わねばならないのだろう。

圧倒的敗戦の末の「無条件降伏的共産主義段階」と1条の無意識の結合問題であると言う大前提こそが、理解に届きやすい解体であり、

更に、前衛的に語るなら、1条と9条の矛盾的結合、弁証法の成立としての抵抗が、

天皇「生前退位」として、見えない段階の議論が進んでいる事を知らねばならないと言う事である。

まず、ここまでを抑えながら先に進めていくべきではないだろうか?

どなたか、続きをお願いします。

白井聡×菅野完 日本会議大批判(上)
http://www.asyura2.com/16/senkyo210/msg/510.html

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